福祉のまちづくりにおける日本の欠点

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誰もが地域の中ですらすための日本のまちづくりって
いうのは、アメリカとかヨーロッパに比べて、なんだか
遅れている気がします。

高齢者や障害者の方が暮らしにくいところがあるのかなと
思うんです。

日本では、2016年に障害者差別解消法が施行されますが
アメリカではすでにADA法(障害を持つアメリカ人法)が
1990年には成立されていました。

ちなみにADA法は雇用、公共交通、施設、電話などの情報に
ついて障害があることで利用等の権利が保障されないことを
差別とみなし、それを禁止するというものです。

アメリカは1990年、日本は2016年。25年以上遅れている
というわけですね。

この考え方の違いが、まちづくりにも出てきてしまうわけです。
考え方の違いがまちの形や施設のあり方も変えてしまうという
ことです。

アメリカやヨーロッパは、誰もが地域の中で生活できる環境を
つくるというのが、当たり前の文化になっているのかなという
ことが考えられます。

それに対して、日本はそういう考え方が当たり前ではない。
だからバリアフリーなどの基準があっても、それがうまく
使えていないところがある。

例えばトイレに手すりをつけるという基準にありますが
手すりはついていても、その場所につけても使えないでしょ!
みたいな位置についていたりすることもあります。

なんというか、基準とかマニュアル通りにはやっているんですけど
使う人のことをしっかりと考えていないので、おかしな手すりが
ついてしまうのです。

マニュアルや基準を守ることに一生懸命になっていて
「誰が、どう使うから手すりが必要なんだ」ということを
考えないところがあるのではないかと思います。

以上は基準を使う設計者などの問題ですが
基準自体も問題がある気がします。

2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが
開催されます。

そうするとスタジアムで競技を観戦するわけですが
車いす使用者がスタジアムで観戦するために入口から
観戦席までのバリアフリーのルートが確保されています。

でも、観戦席についての基準はない。
車いすのスペースは確保されるのですが、車いすと介助者が
横に並んで座れるようなスペースがないのです。

普通に考えて、一緒に来た人とは横に座って、一緒に
感動とか共有したいじゃないですか。

でも、そういうことができるような席の作りにはなって
ないんですよ。

もう少し言うと、車いすで観戦できるスペースがスタジアムの
一部になっていることが多くて、決められた角度からしか競技を
観戦することができない。

アメリカなんかのスタジアムは、車いす使用者と介助者が隣に
座れるようになっているし、そういう場所がスタジアムの
色々な所に用意されているんです。
自分の見たいところを選択して、競技を観戦できるということ。

これが当たり前なんですね。アメリカやヨーロッパは。
こういう考え方が根付いていると、施設のあり方、まちのあり方は
誰もが使いやすいようになるんです。

日本の福祉のまちづくりにおける欠点は、こういう考え方が
当たり前になっていないところで、マニュアルや基準に頼り過ぎて
本来の目的だったり、考えなければいけないことを考えないでいる
ということではないでしょうか。

ということで
「施設やまちの形は、誰もが生活しやすい環境をつくるための
根本的な思考で変わってくる」ということです。

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